2009年6月 3日 (水)

スーツにノータイ

 クールビズの季節にはまだ早いというのに、大臣をはじめ、国会議員のお歴々の服装は、結局スーツにノーネクタイというスタイルに定着したようだ。
 バカじゃないか! ネクタイを省略するのは、ジャケットやブレザーに替えズボンのときに限る。スーツのときはネクタイをするのが当然なのだ。服装の常識のないヤツが平気でこうした恥ずかしいナリをして平然としている。こんな映像が世界中に流れると思うと、まさに国辱ものだ。

 若いタレントのアンチャンならまだ話はわかるし、それならそれなりの着方もあるが、髪の毛の薄くなりかけたオジサンがこれでは無知そのもの、みすぼらしくて情けない。イランのアフジャニナンチャラという大統領もノータイだが、だからわたしはこの人物を信用していない。洋服を着るのにそのルールも知らないようでは一流国とは認め難い。アフガンのカルザイみたいに民族衣装で押し通すほうがはるかに立派だ。

 父の日に何を贈る?っていったって、服装のきちんとした人には、なるべくネクタイなんかは贈らないほうがいい。ネクタイ売場で女の店員に女のお客が相談しているのなんて、ぞっとする。女性にネクタイの趣味は判らない。

 まして服装全体のコーディネートを任せるなんてゼッタイ許してはならない。女性の時代だってことは百も承知しているが、自分の着るモノまで女性の無知で勝手な「センス」で口出しして欲しくない。

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2009年5月10日 (日)

もう暑くなってきた

 歳が明けてから、さぼってばかりいてあまりブログに書いていません。と言っているうちに、早くも暑くなって来た。
 昨日から、駒沢自由が丘通りの「イオ・グラフィック」ショップ&ギャラリーで、小倉充子さんという型染め作家さんデザインの浴衣展がひらかれてます。もうユカタの季節なんですね〜。
 男もののなかなか粋な浴衣が良いので、ご紹介します。
 ご覧のように「ざるそば」を染めたお洒落な浴衣です。モチーフの面白さもさることながら、大胆なデザインがいい。火消しの半纏を思わせますが、よく見るとザルソバ。わだいせいがあります。
 ここはイラストレーターの大橋歩さんのお店で、昨日の初日はまだあれこれ展示中でした。彼女にも久し振りにお目にかかって来ました。
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2009年1月23日 (金)

オバマ大統領

 就任式のオバマ大統領、その日のいでたちは・・・?
 
 元々スリムで長身、スポーツマン体型で恰好が良い。コートはセミチェスターフィールド、スーツはダークな二つボタン、サイドベンツ。どこの製品かはわかりません。

 フォーマルな場だから、シャツはBDではない。ネクタイは就任式は赤系、執務室ではライトブルー、舞踏会は白のボウタイ。いずれも無地。いずれの場合も同じスーツかどうかはわかりません。

 新大統領の服装がマスコミの話題をにぎわすかどうか。有力な情報は今のところ見当たりません。
 モーニング、タキシード、ディレクター・スーツなどの様式には意識的にこだわらないつもりのように見えます。

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2009年1月 1日 (木)

謹賀新年2009

皆さま、明けましておめでとうございます。いつもお世話になっております。本年もよろしくお願い申し上げます。572_3

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2008年11月27日 (木)

TRAD雑記帳42 ボタンと肩章

「第三のボタン」

 ボタンダウンのシャツにある三つ目のボタンって何のためにあるんだろう?つまりカラーの真後ろ中央にある第三のボタンです。

 単なる飾りとも思えないし、何らかの意味があるんじゃないかと思ってましたが、先日たまたま谷敏夫さんと話をしていて、彼の持論を伺い、なるほどと思いました。

 谷さんによると、BDシャツの襟先を止めるボタンの位置というのは、衿のロールを恰好よく見せるために微妙な配慮が必要だという。そのために買ってきたシャツのボタン位置を付け替える人もいるらしい。

 その場合、衿の後ろが引っ張られて上に持ち上がり、折り返しがズレてくる恐れがある。特にネクタイを締めた場合に、衿腰の定位置に納まらないと可笑しな具合になるので、このズレを防ぐためにボタンがつけてあるのでは?という意見でした。なるほど、そう言われると確かにそんな気がする。

 服、特に伝統的な紳士服には何だか判らないものが付いていたりすることがありますが、これは意味のない装飾というケースは少なくて、たいていは成る程という理由がついているものです。

「肩章」

 トレンチコートがもともとは軍服だった、ということはどなたもご存じだと思います。第一次欧州大戦では、ドイツ対連合軍が互いに塹壕によって対峙しましたが、この網の目のように掘り巡らされた塹壕(トレンチ)戦で英国の将校が着たのがトレンチコートだとされています。

 塹壕戦では雨が降っても傘など差せませんから、雨仕舞は完璧にできています。

 ところで、このトレンチコートの肩の部分についているボタン止めの短いベルトを、通称「エポウレット」と言うことが多いのですが、エポウレットというのは19〜20世紀の軍服に使われた金モールの華麗で装飾的な肩章をいう言葉です。肩先についているから肩章というのも、あながち間違いとは言えないし、ここに階級章をつける場合も多いようですが、トレンチコートの場合は単なる「ショルダー・ストリップ」と云うべき物であって、階級を表す☆などをつける場合もあるようです。

 要するに、ショルダー・ストリップは本来雑嚢や双眼鏡などを肩に掛けたときに滑り落ちないように吊り紐を止めておく仕掛けなわけです。

 

 

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2008年11月 7日 (金)

TRAD雑記帳41 思いつくままに

 「白いワイシャツ」
 ワイシャツはホワイト・シャツから転訛したということだが、つまり、ドレスシャツの基本だと思う。ビジネス用にはやはり白という人がいちばん多いようだが、たいていの人は白が基本というよりも、むしろ面倒だから白さえ着ていれば無難だという考えでしか着ていないようにみえる。

 わたしはフォーマル用以外にはほとんど白のワイシャツを持っていない。色無地か柄もの(ストライプかたまには細かいチェック)ばかりである。どうしてかというと、白のワイシャツを印象的に着ようというと、これがなかなか難しいからだ。シャツの白を引き立たせるようなスーツとネクタイの組み合わせには結構気を遣わなくてはならないのだ。白以外は面倒だと思う人とは反対に、わたしにとっては白はかなり厄介なシロモノなのである。いきおいライトブルーのオクスフォードのBDシャツなどをすぐ買ってしまう。

 ところが最近、白のBDにあらためて注目している。うまく着るとこれがまた良い。どちらかといえば、タイドアップよりもノータイで着こなすことが多い。軽やかなブレザーに白のコットンパンツ、足もとは白のスニーカできめる。取って置きのカジュアル・スタイルではあるが、いささか目立ち過ぎるきらいもないではない。

 紺無地にしろ、グレイにしろ、スーツのときはやっぱり白は難しい。ここはロンドン・ストライプのほうがサマになるなあ、などとつい思ってしまうのだ。もっともロンドン・ストライプなんて云っても知っている人はほとんどいない。白のラインと色のラインが同じ幅、というのがロンドン・ストライプだ。縞のスーツにこのシャツを着て、さらに縞柄のネクタイを締める。パターン・オン・パターンといって、こいつは滅茶苦茶にコーディネートが難しいが、ピタリときまれば最高のお洒落だ。

 「ツイード」
 地下鉄に乗ったら、まわりはみんなビジネススーツばかりで、ツイードなんか着ている人間はわたし一人なので、あらためてビックリしてしまった。あとは老いも若きも大抵カジュアルばかり、といってもこれはカジュアルというよりも、わたしに云わせると単なるストリート・ファッション系(ファッションとさえ云えない普段着ばかり)なのだ。つまり、現在はビジネス系とストリート系の両極に限定されてしまって、本当の意味でのカジュアルは存在していないがごとき有様なのである。

 これではとうていツイードなど出てくる幕ではない。若いヤツに「ツイードって何ですか?」などと今更聞かれても当惑するばかりだ。

 「よそ行き」
 キモノのむかしから、日本人には「よそ行き」という特別な感覚があったものだ。冠婚葬祭はもとより、ちょっとした催し事などには、いちおう衣服を改めて行く、そのために普段着ではないもうちょっと上等な服が用意してあった。小学生でも式日にはそれを出してきて着せられたものだった。いまは子供にはもちろんよそ行きなどない。

 それでも冠婚葬祭には、一応フォーマル・ウェアを着るものだ、という感覚はまだ常識として残ってはいるらしい。だが、その常識たるやはなはだ怪し気なもので、みんなが着ているのを見習ってただ袖を通しているだけという極めてお粗末な感覚でしかない。
 何で結婚式に呼ばれると、みんな黒の上下に白い綾織りのネクタイを締めるのか?あれは一説によるとカインドウエアが始めたものだということだ。
 わたしはあえてフォーマルの常識を破ろうなどとは思ってもいない。単にインチキな「常識」に盲従するのはゴメンだといっているだけなのだ。特に貸衣装の花婿の装いというヤツにはほとほとあきれかえるばかりだ。上から下まで白ずくめ、モーニングでもなければフロックコートでもない、もちろんタキシードでもなければ燕尾服でもない、実に得体の知れない「ヘンな服」なのだ。何も知らずに唯々諾々とあれを着させられているお婿さんが可哀想だ。

 よそ行きの感覚はいわゆるタウンウェアーといっていいと思う。フォーマルではないが、カジュアルでもない。観劇、音楽会、社交的なパーティなどにピッタリのかなりドレッシーなおしゃれ着である。

 これをグッとスポーティにカントリー風にしたのが本当のカジュアルじゃないだろうか。ツイードなんていう素材はこのためのものである。穴の空いたジーンズにユニクロのフリースがカジュアルだ、などと思っていけない。わたしだって普段はそんな恰好で過ごしている。

 じいさんが何を一人でいきまいてるんだ?といわれそうだが、服装の変化や流行は社会的な成り行きなので、変わって行くのは当然だ。フォーマルな形式がよりカジュアルな様式に取って代わられるというのは服装発展の原則でもある。しかし、知っていてその変化を容認するのと、知らないでただ無神経に着させられるのとでは大きな違いがあると思う。男の洗練された知性と、美意識と、気概というものをもっと自覚して行きたいものだ。

 

 

 

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2008年10月10日 (金)

TRAD雑記帳40

 作家の野坂昭如さんはわたしと同い歳です。病を乗り越えてリハビリに専念しながら、毎日新聞に隔週で「七転び八起き」というエッセーを書いています。今日の話題は日本の農業についてですが、前書きの部分にこんなことが書いてありました。
「サラリーマンのスーツ姿、以前にくらべ、個性を演出しているようにみえて、基本を知らないがゆえ、インチキくさいか失業者風。男女とも個性的にみせているのだろうがみな同じ。つまり、着る物に着られてしまっている。流行りをそのままあてがいがち。衣服に対し気合が微塵も感じられないのだ。
 若者なら独特の気概を持て。服装は、けっこう重要な表現方法なのだ。」

 なかなか小気味よい文章ですね。まったくその通りだと思いますが、この手の論は、実は昔からよく言われてきたことなんですね。日本人は時代が変わっても、流行が変わっても、みんなこういう「着方」をする。いつまでたっても上手くならないのは不思議なくらいです。

1)個性を演出しているようにみえて
 なまじ個性を演出しようとするからいけないんです。中身が個性的なら何を着てもいい。流行に盲目的に従うというのは、別に今に始まったことじゃありません。ただし、近ごろのの流行はどうも末梢的なディテールにこだわりすぎ、服装の基本や伝統とかけ離れすぎてしまったことです。流行の送り手が不勉強でそれを知らない。だから流行やスタイルに身を任せながら、自分らしさを発揮できるような幅や広がりといった余裕が持てないんです。
 そういう意味で、TRADを超えるような流行はあまり見当たりません。従って業界はやることが無くなると、またTRADやIVYに復帰することになる。TRADはまったく個性的な服ではないだけに、各自が自分らしさを創り出す余裕があるようです。

2)インチキくさいか失業者風
 インチキくさいのは判るけど、失業者風という差別的な言い方は気になりますね。今の日本の雇用実態を考えれば、インチキくさいのもやむを得ないのか?

3)着る物に着られてしまっている
 アハハ、どこかで聞いたことのあるような文句だな〜。「着るか着られるか」って、50年も昔からちっとも変わっていない。

3)気合が微塵も感じられない。独特の気概を持て。
 全くその通りだが、これは服装に限らず、今の日本の社会、政治、経済・・・なんにでも通用する。

4)服装は、けっこう重要な表現方法
 と思っている人は極めて少ないのが現実ですな。重要性は認めるんだけど、実際には何をどう着たらいいのかが判らない、というのもおおかたの現実ですね。

 服装に気を遣っても、別に何かが生産されるわけではない。ただ、なんとなく気分がいいというだけです。全くの服装オンチという人も、またそれを売り物にする文士や知識人というのも、今や過去の産物になってしまいましたね。
 男は着る物なんか、なんだっていいんだ、という前提のもとに、おおいに着る物にこだわりを持つべきだとわたしは思います。。
 

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2008年8月28日 (木)

近況報告

 ご無沙汰しております。

 近況といってもたいしたことはやってませんね〜。毎日遊び暮らしているだけです。ほんのときたま仕事も入ってくるけど、それ以外はなかなか絵も描きません。我ながら怠け者だと言うことがつくづくわかりました。

 例のキャラクター「アイビー坊や」(特許庁には「アイビー・フレンズ」という名称で登録しております)も、たまに注文があります。昨年は万年筆の「モンブラン」、最近では、伊勢丹メンズ・フロアーの「ニューヨーカー」さんのカタログに使っていただきました。最近ではVANのキャラクターというよりも、TRAD関連のキャラクターという感じになって来つつあります。わたしとしては「あいつ、未だにあれで喰ってるのか」なんていわれるのがイヤなんですが、キャラクター管理会社にいわせると、「知的財産」なんだそうです。でも、あれだけで喰えるわけではありません。

 ウエッブ・マガジン「openers」の連載コラム「大人の男こそキモノが似合う」は、まだ続いていますが、そろそろネタが怪しくなってきました。「ダンヒル」東京店が男のキモノを売り出しました。キモノ、羽織、帯、襦袢の4点セットで120万円だそうです。

 昭和女子大もまだ教えに行っております。9月いっぱいは夏休みです。来年もお願いしたい、なんていわれていますが、「途中で死んじゃうかもしれないよ」なんて言ってます。この歳で週一、孫みたいな女の子に逢いに行けて、いくばくかの講師料をいただけるんですから、有難いことです。

 小唄と三味線のお稽古を始めて6年半近くなりました。レパートリーも60曲くらいあります。昨年から近所の師匠について長唄三味線も始めました。べつに長唄をモノにしようというわけじゃなくて、小唄三味線の補助的なつもりです。お座敷でときどき地方(ぢかた)さんに弾かせて、芸者さんに踊らせて、小唄を唄ったりしてます。そのために月謝を払って、ご祝儀出したりして、旦那遊びも物いりですな。

 この夏の暑さで家から出ない日が続いたら、てきめんに足腰が弱りました。やっと涼しくなりかけてきたので、またこまめに歩くことにいたします。

 そんなわけで、無為徒食の毎日で「TRAD雑記帳」もさぼっておりますが、そのうちまた再開いたします。なにかネタになりそうな話題がありましたらお聞かせ下さい。

 
 
 

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2008年7月27日 (日)

ウェスタン・スタイル(画像)

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2008年7月21日 (月)

ウェスタン・スタイル

 たまにはウェスタン・スタイルも良いものです。
 先日、わたしの友人が長らく勤めた会社を定年退職し、次の新しい職場での再出発を激励するパーティが開かれました。彼はその道でも名だたるカントリー・ウェスタンのファンで、当日はカントリーバンドも出演するので、わたしにも是非一曲歌え、というわけで、すっかりその気になって歌うことに。
 夏用のテンガロンハットにウェスタン・シャツ、普段は爺くさいのでゼッタイ身につけないシルバーにターコイスを飾ったストリングタイに、衿先にはお揃いのカラーチップ、爪先にトカゲ革をあしらったカウボーイブーツという出で立ちでステージに上がり、ハンク・ウィリアムズのナンバーを歌いました。(イメージ写真を添付するつもりでしたが、どうやってもアップしないので、いずれお目にかけます)
 一度こんな恰好で、プロのバンドのサウンドに乗って歌ってみたい、という年来の望みがかなえられて大満足でした。え?歌の出来映え? そいつはご想像にお任せします。

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