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2010年7月 4日 (日)

復元の意味と現状

もう無くなってしまったむかしの建物を改めて復元するという動きがが流行っている。

江戸東京博物館に行くと、日本橋や銀座レンガ街の一部だとか、実物大の復元も二三はあるが、あとは縮尺模型ばっかり、まるで江戸東京模型館だ。
なんでかっていうと、都政がハコモノに夢中になっている間に、めぼしい文化財の建築はみんな明治村へ持って行かれちゃったんだ。

江戸東京博の別館として小平に江戸東京たてもの園というのができたが、時すでに遅く、大正昭和の建物が多くて、いわゆる「名建築」と呼ばれるようなものはほとんどない。

その後、汐留に明治の新橋ステーションが復元された。精確にもとの場所に建てたというのだが、実際は地盤が上がっているから敷地は同じも高さは4メートルほど高い所にあるわけ。中はレストランやショップで、資料館もある。

昨年復元されて誕生したのが丸の内ビジネス街の最初のオフィスビル、三菱1号館だ。
オリジナルが竣工したのは明治27年、設計はジョサイア・コンドル博士だ。高度成長期の始まったころ、こんな古くて利益の上がらない建物は新しい高層オフィスビルに建て替えてしまえ、というわけで、貴重な文化財として何とか保存すべきだ、という都民の声を無視して三菱地所があっさり取り壊してしまった。跡に建ったのは味も素っ気もない四角四面のつまらないビルだった。

昨年同じ場所にそっくり昔と同じデザインの建物が復元されて美術館になった(東京フォーラムの斜め向かい)。外観はとても良くできている。

三菱地所は文化活動の一環としての社会貢献を謳うつもりか、テレビCMなんかで宣伝につとめている。

だけど、これって壊すのも、作るのも、しょせんは商業価値が優先されただけの話じゃないか。それがつまり岩崎弥太郎時代からの「商売」なのだ。

現在工事が進んでいるのは東京駅を建ったときの姿に復元するという計画だ。東京駅は重要文化財に指定されたのを機会に、空襲でオリジナルのドーム屋根が焼け落ちてしまったのを竣工当時の壮大な姿に再現するらしい。

だが、果たしてそれでよいのか?!!という意見も持ち上がっている。建設されたのも東京の歴史なら、戦災の被害を受けたのも東京の歴史だ。明治の栄光(日露戦争に勝利して、その記念に当時の計画を大幅に変えて壮大な設計をほどこした)か、無益な太平洋戦争の傷跡を残すべきか、ろくな議論もされないまま工事が始まっている。

あなたは広島の原爆ドームを解体して、建築された当時の姿に作り直す、と言ったらどう思いますか?

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