2008年5月 9日 (金)

対談「日本男児のダンディズム」

 あたしが「大人の男こそキモノが似合う」というコラムを連載しておりますウェッブマガジンopenersに、今回から中野香織さんとの対談が4回にわたって連載されます。
   http://openers.jp/culture/nakano_kaori/nakano_kaori_0028.html
 上のアドレスをクリックして下さい。

 中野さんはopenersのサイトで「フレグランス道場」を連載。ダンディズムについての本を執筆中なので、あたしが対談のお相手にノミネイトされたんです。東大卒、ケンブリッジの研究員という経歴の才媛です。

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2007年6月15日 (金)

hozkaz 展覧会/nagoya

 もう歳なので個展はやりません、といいつつも、だれかが仕切ってくれるんなら乗ります。今回はモンブラン主催で名古屋ラシックでエキジビジョンが開かれております(明日で終わりです)。アイビーボーイとギャルのフィギュア100体が整列してるところは圧巻です。京都に引き続き名古屋で初日の会場に顔を出しました。名古屋の友人たちが集まって、あたしのために豪華な中華料理店でパーティを開いて下さいました。札幌でも開催予定。1230_4

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2006年9月22日 (金)

ペーパーモデル完成!

海運橋の天守楼

 為替金融業者の三井組は、旧幕政府の御用商人としてすでに江戸時代から大をなしていたが、金欠状態の明治新政府に対しても積極的にはたらきかけ、政権と密接な関係を維持しながら特権的な商業資本として拡大成長していった。三井ははやくから新時代に対応する近代的な銀行の創設を意図し、明治4年日本橋兜町の海運橋ぎわにそのための新しい建築を着工する。この建物は三井ハウスと呼ばれ、江戸大工の棟梁三代清水喜助が設計と施工にあたった。喜助はしれまでの経験をもとにさらに自分なりの意匠を凝らし腕を振るった。

 それにしてもこの三井ハウスはなんとも不思議な建物である。和洋折衷の五階建てで、二階正面にはバルコニーを設け、寺院を思わせる唐破風つきの大屋根、城郭の天守楼に匹敵する物見の塔など、あらゆる異質の要素を渾然一体にまとめ上げている。その手腕には、当時の人ならずともただ驚くほかはない。

 洋風建築に初めて接した日本の大工たちが、自分たちの技術を駆使して見よう見まねでつくり出したこのような明治初期のけんちくを「擬洋風建築」といっているが、三井ハウスのこの自由奔放な造形性の持つバイタリティこそ明治擬洋風建築の頂点をなすものといっていいであろう。人々はこの建物の異様な魅力に目をみはり、たちまち東京の新名所として話題をさらった。

 明治5年国立銀行条例が実施され、三井ハウスはこの6月完成と同時に政府に譲られて第一国立銀行となった。三井はその後ふたたび清水喜助によって日本橋駿河町に新三井ハウスを建て為替バンク三井組をかいぎょうした。しかしこの建物には最初のものほどの迫力は見られない。
 海運橋の第一国立銀行は、明治30年に取り壊され25年の生涯を閉じた。(文責/穂積)

 というわけで、先週から製作に取り組み、昨日やっと一応の完成までこぎ着けました。製作日数6日、一日5時間作業として30時間を費やしました。設計の不備による間違いや工作の拙劣さ、細部の未完成部分など、いろいろ問題がありますが、ご容赦ください。Mutsuibank

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2006年6月21日 (水)

贋作事件

<例の和田義郎という人の盗作疑惑事件>
  いやしくも絵を描いている者にとっては、信じられないイヤーな事件です。結論からいって理解できません。詐欺?それとも頭がオカしい?なんだろう、これって……。
  プロ、アマを問わず上手い下手はともかく、絵を描いてる人ってみんな「自分がいちばん」と思っているものです。いやいや、ご謙遜なさる方もおられるでしょうが、そう思ってなければ絵なんか描いてられません。それが自己表現であり、創作であり、オリジナリティというものです。ボクだって大いにそういうところがあります。でも、25年にわたって自らの創作をを自ら否定して来たんだから、これは絵描きとして自殺行為としか思えませんナ。ボクは始めは失礼ながら盗作したのはイタリア人のほうじゃないか、と思ったくらいです。マフィアかなんかからんでたりして……。
  良い悪いは別として、職業としての贋作専門作家というんならこれは理解できます。なんかの映画(A.ヘップバーンの「おしゃれ泥棒」だったかしら?)で贋作屋の父親がゴッホのニセモノを描いている場面がありました。
「どうだ、わしの描いたゴッホは、ゴッホより上手い!」
というセリフが可笑しかった。うーむ、理論的にはそういう場合もあり得るかもしれません。
  和田さんの名前は、ボクもかねて聞いたことがあります。けっこう「描ける」絵描きさんだと思ってました。結局アルベルト・スギというイタリアの絵描きが上手かったんですね。あれはどう見ても贋作以外の何物でもない。よしゃあいいのに、和田さんはいまだに弁明にこれ勤めています。
「構図は同じだけど、私はまったく違う世界を描くことに挑戦するとスギさんには申し上げていた。それが二人の付き合いの中からできた作品という意味なんです」
  何をいってるんだかさっぱり判らん。言い訳にもなにもなっちゃいない。どこがまったく違う世界なんだ! 色彩のタッチや空間のニュアンス、画面のマチェールは多少違う、という意見もあるようだけど、それは下手だから違っちゃっただけの話で、よく見れば本物のほうがやっぱり上手い。
  スギさんははっきり「模写専門家」と認識し、
「単なるイカサマ師で、人としても芸術家としても終わった」
と厳しく評しているそうです。でも模写専門家というのは、修復家と並んでれっきとした仕事のはずです。
  もうひとつおかしいのは、和田さんに賞をやった文化庁芸術選奨や、東郷青児美術館大賞の選考委員が、新聞の取材に対してノーコメントだったり、取材拒否したりしていることです。
「イヤー、やられちゃったよ。参った参った……」
とでもいってりゃいいのに、このテの人って自分の間違いというのをゼッタイ認めたがらないんですね。ホントはこの人たちだって被害者なんだよね。
  で、最初に書いたように、結論としてはまったくボクには理解出来ない事件でした。もしかすると、本当はもっと別のナニカが裏の裏にあるのかもしれない、という気さえします。
  しかし ボクはこの事件を通して、真に問われるべきは日本の画壇や画商、美術評論の、ある種のインチキ性だとハッキリ思っています。

< オマケの話>ボクも盗作されたことがあります。20年も昔の話です。なに、イラストじゃない、なんと文章です。ファッションのエッセイをシリーズで書いたんですが、時事通信社から全国の地方紙に配信されました。何日に掲載するかは各新聞社によって違うから当然タイム・ラグがある。お隣の県の新聞に載ったのを多分見たのでしょう。宮城県の某紙にボクの文章をまったく盗作して載せたやつがいる。いわゆる地方名士です。ところがボクのより2,3日早く偽物のほうが掲載されちゃった。ボクのは家庭欄、向こうは学芸欄です。これじゃ、まるでボクが盗作したみたいになっちゃった。こいつはマズイよなー。
  まあ、訂正記事は出してもらったんだけど、なんだかウヤムヤで言い訳にもならない訳のわからん記事でした。これでその地方紙にひとつ貸しが出来たと思ったんだけど、数年後「大人の男こそ、オシャレが似合う」という本を書いたときに、提灯記事でも書いてもらおうと思って連絡したところ、当時の担当記者はすでに定年退社したあとでした。でも、盗作されるんだからボクの文章もまんざら捨てたモンでもなさそうですねえ。呵々

  

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2006年6月 4日 (日)

女性版画グループ展

Womensexhibit

WOMEN'S EXHIBIT 
女性リトグラフ作家7人によるグループ展です。左下の絵はボクの奥さんの作品です。
会期/2006年6月12日(月)から17日(土) まで  
時間/11:00から19:00まで (最終日は17:00まで)
会場/銀座東和ギャラリー ( 銀座松屋の真裏、昭和通りに面した画廊です。)
初日17:00からのオープニング・パーティには、ボクもちょっと顔を出すつもりです。
 

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2006年3月24日 (金)

「女性を描く」展終了しました

  京都ぎおんギャラリー八坂での「女性を描く」展は無事終了いたしました。ご来場の皆様、出品者の皆様に厚く御礼申し上げます。
  引き続き毎月第二日曜日にはスケッチ会を続けます。ただし5月は日時と会場が変わり、5月20日(土)1時より、京都工芸繊維大学にて「舞妓を描く会」を催します。これは日本色彩学会総会のスペシャル・イベントという形で行われる企画です。モデルは祇園の市有里さんを予定しております。振るってご参加下さい。

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2006年1月26日 (木)

HOZKAZ Blog

  穂積和夫ワークショップin京都は、毎月原則として第二日曜日の午後、「女性を美しく描く集い」を開催しています。会場は、京都岡崎の京都産業館(みやこめっせ)です。毎回美しい女性をモデルにして、会員が集まって楽しくスケッチしています。教室ではありませんので特にご希望のない限りは、あまりボクが教えたりはしません。モデルと場所を提供しているわけです。集まる会員の皆さん和気藹々の雰囲気の中で、自由に描いていただいています。
  年に2,3回は京都の舞妓さんにモデルをお願いしています。そのときは会場が変わって、上七軒の検番の広間をお借りしています。
  詳細は会の事務局、野中雅郎まで。電話075−541−1740

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