2010年5月 9日 (日)

小説を書く

若いころ小説というものを書いてみようと思ったことがある。3,40年ほどむかしの話だ。
しかし、もともと工学系で文学にはことのほか疎い。だから決して文学を書こうというのではなく、ストーリーの面白い、いわばエンターテインメントを書いてみたかったのだ。

そもそもの始まりは日本、ヨーロッパを股にかけた男の生き様・・・・みたいなのが書きたかった。学生運動の闘士のひとりが運動に挫折し、反対に保守系の議員にかかわっているうちに、選挙違反で国外へ逃亡。イタリアの景勝地ガルダ湖畔のホテルで日本人の女性と知り合って・・・・。結局最後はアフリカの新興国の反政府革命軍に身を投じる、というストーリーを漠然と考えていた。

さて、こんなイメージで書き始めたものの、すぐ行き詰まってそのまま放ったらかしになっていたら、なんとなく見ていたテレビで、どうも似たような雰囲気の映画が紹介されていた。何だこりゃ〜?

それは当時流行りっ子だった五木寛之の原作だった。タイトルは忘れた。さっそく本を買ってきて読んでみたが、さすがに面白いし、うまく書けている。参ったな〜!

やっぱり素人にはムリなのか?考え直して自分なりの小説トレーニングをやってみよう。というわけで、最初はまず自分自身の経験をほとんど脚色なしに書くことから初めて見ようと思った。疎開した仙台で過ごした戦中戦後にわたる青春時代の記憶を、とりあえず小説というよりも作文みたいなものに書いてみた。

近所のごく普通のおじさんとの交流を通して、あのころあのおじさんから受けたもろもろの影響や感化
の大きさに、そのおじさんの当時の年齢になってやっと気がついて、そのことを書いて置きたかったのである。(タイトル「中村文明堂」)

その次に考えたのは自分の経験を踏まえながら、大幅にフィクションを加えてストーリーをまとめ上げようという案だった。学生時代にアルバイトで映画館の看板を描いていた経験を元にしている。これは芸大を目指しながら毎年落第して看板描きになり、主人公が挫折して行く青春の蹉跌ものである。いわゆる負け犬が書きたかったのだ。まかり間違えば僕自身がそんなことになっていたかもしれなかったので、主人公にいささかの思い入れがある。(タイトル「煙」)

その後しばらく間をおいて、格好良い現代小説風はあきらめて今度は歴史時代小説のジャンルに挑戦することにした。明治の初期に活躍した井上安治という浮世絵師のことを調べていたのだが、どうも資料が少なくてよくわからない。小林清親について14歳で弟子となり、脚気で26歳で亡くなるまでの伝記を考えたのだが、直接の資料が極端に少ないので、フィクションでその隙間を埋めようという魂胆である。(タイトル「東京真画名所絵図」)

明治の時代考証を検討しながら、なんとなく新派のストーリーみたいな、わりかしお定まりの筋立てを作り上げた。肝心の実在の主人公の性格が前作よりもあまりうまく書けていない。

この小説はワープロでプリントし、製本して完成した。東急ハンズで買ってきた製本キットの束が薄いので、たいしたページ数ではないのに上下2册になった。ところどころに安治の版画も挿入した。

世の中には、たった一部しか存在しない本というのがあってもいいかもしれない。

明治時代に関心が深いので、その次の短編も明治ものだ。ストーリーは歌劇「リゴレット」から借りているので、面白くないわけはないのだが、小説としてはどうも大時代過ぎる。(タイトル「野だいこ陣八」)
たまたま国立演芸場で浪曲の脚本を募集していたので、そのまま手を加えて応募したが見事落選。後日そのときの入選作の口演を聴きに行ったら、これがなんとも期待にはずれて、とんでもない愚作ばかり。一口でいって、あまりにもアナクロ過ぎる。

その前後に、短編小説のうま味は最後のどんでん返しにある、と気がついて、そういうアイデアを考えついた。最後のサビを効かすために全体を淡々とそっけなく退屈な調子で書いてみた。これも青春小説だ。(タイトル「遠い山肌」)

僕としてはいまさら小説家になりたいわけでもないし、これはまあ一種の趣味の部類かもしれない。それでも朝日カルチャーの「大衆小説の書き方」講座(講師・光瀬龍)なんかにもしばらく通った。

現在はなにも書いていない。ヒマはあるのに恰好のアイデアが浮かばないからだ。

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2007年1月 2日 (火)

謹賀新年

明けまして、お目出とうございます。04_m_2

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